宇治の花の寺を訪ねるU
橘の 小島は色も 変らじを この浮舟ぞ ゆくへ知られぬ 『源氏物語』第五十一帖・浮舟(うきふね)
源氏物語とお茶の町・宇治の花の寺・三室戸寺のツツジを愛でる!(*゜▽゜)/ |
竜馬通り商店街 | 京阪・中書島駅 | 宇治行き普通車に乗車!@宇治線 |
黄檗駅 | かつては、市場の規模から見てかなり繁栄していたと思われる黄檗新生市場 | |
現在は6店舗?が営業中・・・火災により店舗が焼失したので日差しが入り込んで明るい。 | 萬福寺塔頭・宝蔵院 | |
鉄眼一切経(重文・江戸期)収蔵庫 | 墓参りの霊園から宇治俯瞰(*゜▽゜)/ | 宝蔵院開山塔 |
霊園のツツジも見事やな〜\(●⌒∇⌒●)/ | ||
美しいでござる!(*゜▽゜)/ | ||
西国三十三所第十番札所 宇治・三室戸寺 ☆地図 | ||
西国三十三所第十番の観音霊場(札所)として古来、寺名は世に名高く、明星山と号し元は天台宗寺門派(三井寺)に属したが今は、本山修験宗の別格本山です。寺伝によると光仁天皇の宝亀年間(770〜80年)、禁中に奇端があり右少弁・藤原犬養は勅命によって当地を探ったところ菟道(うじ)山の奥、志津川上流(岩淵)において一体の黄金の仏像(千手観音菩薩)を得ました。光仁天皇は叡感のあまり御室を移して尊像を安置し御室戸(みむろど)寺と名付けたのが当寺の起こりと伝えます。開創以来、天皇、貴族の崇拝を集め、堂塔伽藍が整い、霊像の霊験を求める庶民の参詣で賑わう事となりました。宝蔵庫には平安の昔を偲ぶ五体の重要文化財の仏像が安置されます。現在の本堂は文化2年(1805年)に建立された重層入母屋造りの重厚な建築で、その背景には室町時代の十八神社、東には鐘楼、三重塔があります。 |
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えぇなぁ〜(*゜▽゜)/ | 西国三十三所第十番札所・三室戸寺 | 雨が降る日には蛇影が現れるという蛇体橋 |
一万株の紫陽花苑(三室戸寺 与楽苑)は有名ですが・・・石楠花・ツツジも素晴らしいでござる〜!ヾ(≧▽≦)ノ | ||
宇賀神は、財運・金運の蛇神、頭は老翁、体は蛇。撫でる場所でご利益が変わるので今回も入念に全部撫でたでござる?!(^^ゞおろっ | ||
なでると勝運がつくといわれる宝勝牛 | 祈願線香を3本献香して合掌! (-人-) | |
参拝しました!(-人-) | 親鸞の娘・覚信尼が祖父・有範の墓上に阿弥陀堂を建て菩提を忌ったと伝える阿弥陀堂 | |
雨に濡れる境内 | 源氏物語・第五十一帖[浮舟(うきふね)]之古跡 | ゴ〜ン!南無〜(-人-) |
明治43年(1910年)に移建された三重塔 | 本堂 | ・・・ |
流れ橋(上津屋橋) ☆地図 | ||
木津川に掛かる木造の橋で正しくは上津屋(こうづや)橋と言います。木津川の増水時に渡板まで水が浸かると渡板が流されますが、渡板がワイヤーで繋がれている為に水位が下がればワイヤーを引張って修復出来る橋構造になっている事から流れ橋と呼ばれています。時代劇の撮影にも利用されている橋でTV、映画で見た事があるかと思います。昨年秋の台風18号の豪雨で昭和28年(1953年)の架設以来、20回目の流出。平成23年(2011年)から3年連続の流出となり、4月末に約3,500万円をかけて修復したばかりの5ヶ月後に台風18号の豪雨増水で再び流出し通行不能となっていた。今回も復旧されたが前回と同額の修復費用を要し「府民の税金を木津川に流しているようなものだ!」との厳しい声も上がっていますが復旧を待ち望む声があるのも事実。 |
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次は紫陽花が見頃時に訪ねるでござる! | 三室戸寺をあとに・・・(^_^)/~ | 久しぶりの流れ橋でござる!(*゜▽゜)/おろっ |
改修工事が完成した流れ橋 | 俳優・藤田まことが寄贈した流れ橋碑 | |
流れ橋と言えども・・・流れ過ぎ橋では世間を渡るのは難しい木造橋??(>▽<;; おろろっ |
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普段は水位も低く穏やかな川姿を見せる木津川も牙をむいた時は激流と化して流れ橋を20回も流しました・・(>▽<;;おろろっ | ||
このロケーションは必殺シリーズ、水戸黄門、子連れ狼、白虎隊など数多くの時代劇の恰好なロケ地になります。(*゜▽゜)/ | ||
流れ橋と茶畑 | 流れ橋碑 | サイクリングロード全線案内マップ |
安産祈願の岩田帯(いわたおび)・・・石田(いわた)神社 ☆地図 | ||
岩田村の産土神で神社は東岩田、西岩田、上津屋(こうづや)の三ヶ所に分祀されています。石田君(いわたぎみ)の始祖・五十日足彦命(垂仁帝皇子)を祀る石田氏の氏神です。石田氏に関しては不詳ですが当社が延喜の制に大社に列せられ月次・新書に預かっている事から有力な氏族であったと推察されます。上津屋の石田神社境内には吉野時代作の十三重石塔が一基あります。昔、岩田地域は綿産地でした。ある時、村人達が綿の収穫をしていた時、都から姫様の一行が、当地を通りかかりました。姫様が急に産気づき、一行が騒いでいるとそれに気付いた村人達が近くの小屋に収穫した綿を敷き詰めて姫様を寝かせ無事に出産できました。それに因んで岩田地区では綿で布を織り毎年の正月に厄除けを祈願して石田神社に奉納し、拝殿の鈴に結わえ妊婦が5か月目になると、その鈴に結わえた布を分けてもらい安産を願ってお腹に巻きました。これが岩田帯の発祥だと伝えます。 |
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十三重石塔(吉野期) | 石田(いわた)神社 | |
浜垣内で庄屋を代々務めた環濠住居の伊佐家住宅(いさけじゅうたく:国指定重文)※見学は、事前予約が必要 | ||
伊佐家住宅・解説 | 真宗・善照寺 | |
八幡のK食堂名物!カレー中華(^^♪ | 方除けの社・城南宮 | 名水・菊水若水 |
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201 |