嵐山、嵯峨野、愛宕山ケーブル遺構探訪

 

ほととぎす 嵯峨へは一里 京へ三里 水の清滝 夜の明けやすき 与謝野晶子

 

安楽寿院、鳥羽離宮遺跡etc〜嵐山サイクリングロード〜天龍寺〜愛宕念仏寺〜清滝〜愛宕山ケーブル遺構探訪

 

嵐山、嵯峨野

嵐山、嵯峨野は平安貴族が船遊びや紅葉狩りに興じた景勝の地でした。今でも桜、鵜飼い、紅葉、雪景色と四季折々に目を楽しませてくれる風光明媚の地です。竹林の嵯峨野やしっとりと趣深い奥嵯峨へと続く辺りは人気の高い観光スポットです。『源氏物語』、『平家物語』など文学作品の舞台となる名所も点在し大堰川(桂川)上流の保津峡から渡月橋辺りにかけてはトロッコ列車や保津川下りも楽しめます。

風呂屋はないけど風呂屋町(商店街)?!(^▽^;) 濠川と酒蔵 新高瀬川右岸堤防を北上ing・・o(*^▽^*)o
鳥羽離宮

今の城南宮を中心とし、東は竹田〜西は小枝(鴨川畔)まで、北は名神高速道路〜南は久我橋筋に至る東西1km、南北1.2kmにも及ぶ広大な離宮であったと伝えます。白河上皇(法皇)が平安時代後期の寛治元年(1087年)2月、後院として造営した離宮で都の正南にあたるので一に城南(せいなん)離宮とも言い、地名によって鳥羽殿とも城南寺離宮とも言われました。離宮には、仏殿と寝殿を兼ねた壮麗な建物が「南北八丁、東西六丁、水深八尺」と伝える広大な苑池の畔に造られました。鳥羽天皇も譲位後にここを御座所とされ引き続き多くの仏殿や仏塔を建立されたので池水に映じた有様は、さながら極楽浄土をこの世に現したものだったと伝えます。広大な敷地に南殿、 北殿、泉殿、馬場殿、田中殿などが造られました。その光景は広大な池を有する 庭園、舟が行き交う遊園の地、浄土の地とも言われました。

鳥羽離宮の幻影を今に残す・・・安楽寿院
こま札 近衛天皇陵(安楽寿院多宝塔)
鳥羽離宮のイメージ、遺跡図 弘法大師を祀る大師堂
三尊石仏(左・薬師三尊石像、釈迦三尊石像) 釈迦三尊石像 薬師三尊石像
鳥羽離宮跡配置図 調査で出土した石で再現された本御塔庭園
白河・鳥羽法皇院政之地碑
鳥羽天皇陵(安楽寿院陵) 鎌倉期の石仏
五輪石塔(重文:鎌倉期) 白河天皇成菩提院陵
西行寺跡碑(火消地蔵堂) 鳥羽離宮田中殿跡碑 鳥羽伏見戦勃発地・小枝橋
鴨川 桂川左岸堤防(嵐山サイクリングロード)
久世橋下へ 嵐山サイクリングロード 学生時代、よく試合で使った吉祥院球場
JR京都線・桂川橋梁 大阪〜札幌を約22時間で結ぶ寝台特急トワイライトエクスプレス 轟音と共に223系新快速が爆走通過!(@_@)
轟音と共に関空特急・はるかが通過!(@_@) 221系快速が通過・・・ EF210桃太郎が高速で牽引する貨物列車
上りの外線を681系,683系特急・サンダーバードや223系新快速電車がMAX130kmで爆走通過・・・(@_@;)早えぇぇ〜
207系・普通電車 堤外人道橋(天神川)を渡る・・ 前方に桂大橋
桂大橋の下へ 悠々と流れし桂川と悠々と聳えし愛宕山 ・・・
阪急京都線・桂川橋梁 秋桜 西大橋(五条通り)
西大橋(五条通り)を対岸へ渡ります・・・ 西大橋(五条通り)を渡ってすぐに堤防下へ・・
のどかな田畑の中を走り抜ける・・・ 上野橋 秋桜と愛宕山
サイクリングロード傍の石仏群 比叡山とケンカした時に叩かれてできた?コブが特徴的な愛宕山の稜線
水が流れてない円形分水(円筒分水) きたがはら人道橋を渡ります・・ なななんと・・桜が咲いてます!(@_@;)
間もなく松尾橋通過・・・ 一般道路と並行している・・・
・・・ ・・・ サイクリングロードの嵐山起点(終点)
サイクリングロードの嵐山起点(終点)・・別のチャリダーも記念写真を撮ってました!(^▽^;) 桜の名所でもある中の島公園
中の島橋を渡ると嵐山公園 えぇなぁ〜(*^-^*) こっちも・・えぇなぁ〜(*^-^*)
四季折々・・嵐山公園からの眺めはサイコ〜やねっo(*^▽^*)o
月が渡るの如く・・嵐山のシンボル的存在の渡月橋
琴聴橋(車折神社頓宮:くるまざきじんじゃとんぐう) 山紫水明・・・えぇなぁ〜(*^-^*)
平家物語で知られる小督(こごう)旧跡 ・・・
小倉百人一首の殿堂・時雨殿 源氏物語ゆかりの大堰の邸候補地と解説パネル
嵐山羅漢群
世界文化遺産・天龍寺

世界文化遺産にも登録されている臨済宗天龍寺派の大本山です。後嵯峨天皇の亀山離宮を暦応2年(1339年)、足利尊氏が吉野で崩御された後醍醐天皇の菩提を弔う為に夢窓疎石(むそうそせき)を開山として創建した禅寺です。天龍寺造営資金に困窮し、天龍寺船による対元貿易での利益を造営資金に充てたと伝わります。創建以来650余年、その間に8度の兵火にかかり、殆ど古建築を見る事が出来ません。現在の諸堂は明治時代に再建されました。特別名勝に指定されている曹源池庭園は夢窓国師の作庭で嵐山、小倉山、亀山などの借景を見事に取り入れた回遊式庭園は独特の優美さがあります。

世界文化遺産・天龍寺
法堂(はっとう)の天井一面には加山又造画伯が描いた「平成の雲龍図」の雲龍が八方を睨んでいる。八方睨みの雲龍とも呼ばれる。
天龍寺塔頭・松巌寺 参拝しました。O(-人-)O 坂本龍馬先生遺徳之像
坂本龍馬先生遺徳之像顕彰碑 船中八策宣言碑 坂本龍馬像
八幡大菩薩社 飛雲観音(ひうんかんのん) 藤袴の可憐な花が美しい〜
庫裏(くり) ほんの少し色づき始めた嵐山・・・
平安王朝を偲ぶ 舟遊び絵巻
対岸の茶店を利用する方のみ黄色のボートは無料・・漕げたらの話(^▽^;)
亀山公園案内図 角倉了以像 津崎村岡局像
嵯峨野と言えば・・嵯峨野竹林道
嵯峨野竹林道
トロッコ嵐山駅 小倉池 嵯峨野屈指の紅葉の名所と言われる常寂光寺
元、土佐藩邸跡近くにあった吉村寅太郎、竹市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎ら土佐四天王像 西行井
松尾芭蕉の高弟・向井去来の墓 俳人・松尾芭蕉の高弟・向井去来の庵の落柿舎
「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像を本尊とする事に因んで二尊院(伏見城の薬医門)にも百人一首ゆかりの、藤原定家の時雨亭跡と伝える遺跡がある。
藤原定家、小倉百人一首編纂の地・厭離庵(えんりあん)

もと愛宕の中院があったところで藤原定家が百人一首を編纂した山荘跡があった所と伝えます。久しく荒廃していたが近年に冷税泉家によって再興され、霊元法皇より「厭離庵」の寺号を賜り臨済宗天龍寺派の寺となりました。明治43年、山岡鉄舟の娘、素心尼が庵主に就き、それ以後尼寺となりました。西南の竹林は善光寺山と言われ時雨亭があったと伝え、境内には茶室・時雨亭、藤原定家塚、定家が小倉百人一首を染筆する時に筆洗いに使った柳の井があります。定家が書き記した「名月記」に彼の嵯峨山荘は、常寂光寺の北方、小倉山麓にあったものと思われ、この地は定家の嫡子・為家の妻父・宇都宮入道頼綱(蓮生入道)が定家の嵯峨山荘近くの当地に中院に別荘を建てるにあたり、障子に貼る色紙を定家に依頼した。早速、定家が多くの勅撰和歌集の中から百人一首ずつを編纂したが、この時、後鳥羽、順徳両帝の歌がなく、その代わりに百人一首にない三人の歌が入って合計百一人であったと伝え、後日、為家によって補訂されたのが現在の百人一首です。紅葉の名所として知られ、紅葉の時期(11月〜12月)のみ拝観が出来ます。

藤原定家が愛宕の中院に山荘を構えて百人一首を編纂したと伝える。 厭離庵(えんりあん)へ
小倉百人一首編纂の地・厭離庵(えんりあん)・・まだ公開されていません。(>_<) 中院入道前大納言藤原為家卿之墓
定家の子・為家は厭離庵の東に埋葬され「中院入道前大納言藤原為家卿之墓」という石碑が傍らに立つ、為家卿之墓 ・・・
風情がある愛宕街道(町並み保全地区) 化野(あだしの)念仏寺
えぇなぁ〜o(*^▽^*)o
・・・ 茅葺屋根を新しく葺き替え中・・・
屋根材のワラ? えぇなぁ〜(*^-^*)
心が和む手作り千二百羅漢の寺・・愛宕念仏寺(おたぎねんぶつでら)

天台宗の古刹で奈良時代以前に東山の地に建立されました。平安時代初期に洪水で堂宇が流失しましたが、醍醐天皇の命で六波羅蜜寺の近くに再興され、大正時代に現在地に移されました。鎌倉時代に造られた本堂(重要文化財)周辺の境内には、参詣者の手で彫られた表情豊かな1200体もの羅漢石像が並んでいます。

・・・ 愛宕鉄道遺構の清滝隧道 愛宕(おたぎ)念仏寺
羅漢石仏めぐり
一体一体が個性的な羅漢さん Pちゃん背比べ観音だった、ふれ愛観音
首が・・・(@_@;) 鎌倉中期に再建された本堂(重文)には厄除け観音として知られる本尊・厄除千手観音を祀る。
心が和むユーモラスな千二百羅漢石
境内 見てるだけで心が和むな〜 汗をぬぐいます。。。(*´ο`*)=3ホッ
ウォークマンな羅漢さん 色即是空・・意味知ってますか? 一般人が彫った羅漢さん
(*^-^*) 伝教大師立像と先代住職作の釈迦石仏
苔むしているのもいい味出してます・・千二百羅漢石像
千二百羅漢石仏
表情豊かでユーモラスに喜怒哀楽を表す千二百羅漢石像 三宝の鐘(三鐘)を撞く! (@^▽^@)
小滝に竜神が・・竜神の滝か 十八羅漢さん 壮観な眺め(⌒▽⌒)
幻の右っす?! 千二百羅漢石仏は、千二百人の一般参拝者が彫ったからホンワカ、ほのぼの(*´ο`*)=3ホッ
ホンワカな表情の千二百羅漢石像にホッと息抜き(*´ο`*)=3ホッ なぜか?逆立ちしています・・(^▽^;)
清滝へ向かいます・・ 狭くて圧迫感のある隧道の中をバスに追われて走るのは嫌なので先を譲った?!(^^ゞ爆
走り撮りの為、ブレてます?!(>_<) 間もなく清滝側の隧道出口 清滝
かつて愛宕鉄道の清滝駅があった・・今は京都パスの清滝バス停になっている。 こま札
愛宕鉄道のレールで作られているガードレール
エリア案内マップ 愛宕山の山姿・・真ん中上に月輪寺が見える。 清滝川
愛宕鉄道、愛宕山ケーブル、愛宕ロッジホテル遺構

昭和4年(1929年)、嵐電(京福電鉄)・嵐山駅〜嵯峨西駅〜釈迦堂駅〜鳥居本駅〜清滝駅を結ぶ、愛宕鉄道(3,4km)として開通しました。現在、鉄道線路跡は清滝街道として府道になっています。遺構は殆ど現存していませんが「清滝トンネル」は現存している愛宕鉄道遺構です。昭和4年(1929年)7月25日、愛宕山ケーブルが開通し清滝川駅〜愛宕駅の2kmを結び、当時としては日本一の長さと技術水準を誇ったケーブルでした。トンネルと橋梁が6ヶ所ずつあり、車両はスイスのギーセライベルン社製の2両だったと伝わります。当時、愛宕山々頂付近にスキー場もあり、ケーブル愛宕駅にはロッジホテルがありました。昭和19年(1944年)2月、軍への鉄材供出の為?に鉄道と共に廃線となりました。愛宕駅から愛宕神社まで上りもきつく距離もあるため、愛宕駅〜愛宕神社をロープウェイで結ぶ計画もあったが、実現しませんでした。                                               ★コラムをご覧頂き、ケーブル線跡に興味を持たれて探訪しようと思われた方は、懐中電灯など準備万全での自己責任でお願いします。m(__)m

映像で見る、愛宕山鉄道 鋼索線

 

愛宕鉄道、ケーブルへ電力供給した水力発電所 愛宕ケーブル「清滝川駅」遺構の階段 愛宕ケーブル「清滝川駅」遺構
愛宕ケーブル「清滝川駅」遺構 こま札 当時の愛宕ケーブル・清滝川駅
愛宕ケーブル線路跡を保守用石段を歩きます・・・ コンクリート製架線柱基礎台
コンクリート製の架線柱基礎構造物・・ボルトとレール? ・・・
・・・ 橋梁(No.1)
6年前に訪ねた時より風化が進んでる・・ケーブル遺構が自然に飲み込まれている・・
・・・ 架線柱の基礎台 倒木(>_<)
倒木やら倒竹が・・(>_<) トンネル(No.1) ※ライト必携
6年前に来た時より風化が進んでるかな・・・なななんとライトを自転車に装着したままや(>_<)

仕方なく今日は撤退します・・( ;∀;)

残念だけど、今あがってきたケーブル線路跡を戻ります・・
改めて上から見るときつい傾斜やな〜 ケーブル遺構のボルトとレール? レールにしてはスモール過ぎない???`s(・'・;)
線路軌道内の排水溝 ・・・ 愛宕ケーブル・清滝川駅跡
相棒のキララくん 愛宕山山道口の鳥居 最近よく見かける山ガール?(^▽^;)
以前は、登山・参拝者で賑わっていた清滝の家並み・・もみじの天ぷらなど売られていた記憶が薄っすらと残る?!(^^ゞ
当時、賑わっていた料理旅館の風情が今も残っている・・・
猿が渡るの如くキャっ?(^▽^;) 渡猿橋と清滝川
渡猿橋直下右岸の自然の岸壁にある往年知を得たる頃のことを思ひ與謝野晶子夫人の歌をしるす昭和三十三年四月 洛東歌客 吉井勇
清流・清滝川に、こんなん生息しています・・・ 激坂をあがります(@_@;)
清滝隧道・・清滝側からは上りになっていると思う・・
間もなく嵯峨野側の隧道出口・・・信号が変わって車が進入してきませんように・・(>_<) かつて愛宕鉄道が走っていた清滝街道
愛宕鉄道遺構の架線柱の一部が残る えぇなぁ〜(*^-^*)
茅葺屋根が美しい 将軍菩薩地蔵尊
風情ある愛宕街道 夕霧太夫遺跡(夕霧生家跡・夕霧井戸)碑
嵯峨の釈迦堂といわれる清凉寺 嵯峨豆腐で知られる森嘉豆腐店 渡月橋
日没間近の嵐山 燃料補給?(^^♪
わっ?!(@_@;) 保津川下りの舟を見事な一本釣りやんか〜(^^ゞ爆
保津川下りの船を引き上げてトラックに載せる場所 月が渡るの如く渡月橋と愛宕山
サイクリングロードで帰路ing・・・ 用水を正確に分水する円形分水(円筒分水)
東の比叡山、西の愛宕山として知られる。

夜の帳と競走?!(^▽^;)

油小路(新堀川)通り 大手筋

Tourist 2011.10.24(M)

 

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