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黄桜カッパカントリー |
酒蔵 |
お酒の資料館 |
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伏見と言えば名水処、酒処・・・酒蔵のある風景 |
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現在24の蔵元があります。 |
十石船 |
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おけいはん特急(京阪本線) |
おけいはん(京阪宇治線) |
近鉄京都線・澱川鉄橋(有形文化財:昭和期) |
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平戸樋門と観月橋 |
宇治川右岸堤防を宇治へ |
山科川、宇治川合流地 |
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山科川右岸堤防 |
昔、宇治川(巨椋池)東端に位置した木幡池 |
「黄檗開山隠元禅師渡岸之地」記念碑(功徳碑) |
許波多(こわた)神社(五ヶ荘:ごかしょう) |
天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、神倭磐余尊(かんやまといわれひこのみこと/神武天皇)の三神を祀る五ヶ庄一帯の産土神。木幡の許波多神社と共に古くから崇敬されています。創祀年月は明らかにしません。社伝によれば皇位継承をめぐる壬申の乱(671年)を前に大海人皇子(天武天皇)が近江の大津宮から吉野に赴かれる時、参詣し手にした柳枝のムチを社頭の瑞垣に挿し「我に天位を践まばこの柳、芽を出すべし。」と戦勝祈願し、天武天皇として即位するや柳も芽吹きその霊験を賞賛し社領を寄進され名も柳大明神と名付けたとされます。明治8年(1875年)9月、陸軍火薬庫が増設されるにあたり翌9年10月、お旅所であった現在地に移された。「山城風土記」、「宇治郡木幡社(祇社:くにつかみのやしろ)」、「延喜式神名帳」の「宇治郡許波多神社三座」とあるは当社と断定され社名の柳大明神を許波多神社に改めた。 |
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許波多(こわた)神社(五ヶ荘:ごかしょう) |
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拝殿(重文) |
ご神木の瘤 |
本殿 |
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今日は踏み切りによくかかる!(>_<) |
黄檗新生市場 |
墓参りへ・・・萬福寺塔頭・宝蔵院 |
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境内 |
鉄眼一切経収蔵庫(重文・江戸期) |
宝蔵院の甍と宇治俯瞰 |
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霊苑からの宇治俯瞰 |
宝蔵院開山塔 |
萬福寺 |
厳島(いつくしま)神社 |
江戸時代は弁財天社と呼ばれ、元禄年間に現在地に移るまでは、西方三町ばかりのところにあり、
古代の三室津の跡と推定される地に祀られた水辺の神であったと伝える。当社のある旧大鳳寺村産土神として、江戸時代を通じて智積院唯一の寺領として、五百石を維持されました。 |
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厳島神社 |
・・・ |
弁財天社の名残? |
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新羅社 |
市杵嶌姫命(いちきしまひめのみこと)を祀る本殿 |
説明碑 |
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のどかやな〜(*^-^*) |
椿と柚子 |
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[第五十二帖・蜻蛉(かげろう)]之古跡 |
こま札 |
線刻阿弥陀三尊仏解説パネル |
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合掌して座する勢至菩薩 |
定印を結んで座する阿弥陀如来 |
両手で蓮台を捧げて座する観音菩薩 |
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さわらびの道 |
大吉山登山道(左)分岐 |
[第四十七帖・総角(あげまき)]之古跡 |
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こま札 |
宇治上神社へ |
与謝野晶子「宇治十帖歌碑」 |
世界文化遺産・宇治上神社 |
元は下社の宇治神社と一体で平等院の鎮守社ともいわれ明治維新までは、「離宮上社」と呼ばれていました。本殿は平安時代後期に建てられた現存するわが国最古の神社建築です。祭神は応神天皇とその皇子菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、兄の仁徳天皇とされています。境内正面の拝殿は鎌倉初期のもので、寝殿造りの様相を伝えています。特に縋破風(すがるはふ)といわれる手法を用いた屋根の美しさは格別です。三棟の内殿を一列に並べて、共通の覆い屋で覆った特殊な形式の建物で、左右の社殿にある蟇股(かえるまた)も建築年代を示すものです。 |
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[第四十八帖・早蕨(さわらび)]之古跡 |
世界文化遺産・宇治上神社 |
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立砂と拝殿(国宝:鎌倉期) |
宇治七名水の一・「桐原水(きりはらすい)」 |
宇治神社 |
地域の産土神(うぶずながみ)であった離宮社は、対岸に平等院が建立されると、その鎮守社としての地位も与えられました。江戸時代迄は宇治神社と宇治上神社は一対でした。この一帯は応神天皇の皇子で、宇治十帖の八宮(はちのみや)のモデルとも言われている「莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)」の邸宅跡と考えられ、皇子の亡くなった後、邸宅跡にその霊を祭ったのが両神社の縁起と伝わります。応神天皇の離宮とも関わりがあったと思われ、「離宮社」、「離宮八幡」などと称されました。 |
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宇治七名水の一・「桐原水(きりはらすい)」 |
本殿(国宝:平安期) |
宇治神社 |
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参道 |
境内 |
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本殿 |
又振(またふり)社 |
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宇治橋 |
朝霧橋 |
宇治十帖モニュメントと朝霧橋 |
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朝霧橋を浮島(橘島、塔ノ島)へ |
宇治川下流@朝霧橋 |
宇治川上流@朝霧橋 |
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大吉山(仏徳山) |
平等院から御光が射しているような |
宇治川先陣碑 |
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無敵艦隊のアヒル機動艦隊?!(^▽^;) |
アヒルさんのねぐら? |
日本最大の浮島十三重石塔(塔ノ島) |
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基礎部分をキララくんと比してもらうと大きさが推測できるかと・・・ |
喜撰橋 |
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ナイトラン装備のキララくん |
えぇなぁ〜(*^▽^*) |
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喜撰橋と浮島(塔の島) |
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宇治市観光協会 |
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世界文化遺産・平等院 |
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平等院通り |
[第五十四帖・夢浮橋(ゆめのうきはし)]之古跡 |
紫式部 |
県(あがた)神社 |
平等院の鎮守と言われ江戸時代迄は近江三井寺円満院の管理に属しましたが明治の神仏分離によって独立したと伝えます。祭神に関しては古来種々の節がありましたが木花開耶比売命(このはなのさくやひめのみこと)を主祭神とします。延喜式にはその名を見ないがその創祀は古いとされます。6月5日の夜にある「あがた祭り」は近畿圏の信奉者による梵天渡御があり「暗闇の奇祭」として有名です。境内にある県井戸は「都人きても折らなむ蛙なく あがたの井戸の山吹の花(橘公平女(たちばなのこうけいのおんな)作)」など、平安時代以降の和歌に詠まれました。良質な水が湧き出ていることから、神社の神事である献茶式や、皇族の女性が出産する際の産湯などにこの井水が使われるようになり、江戸時代には井水が、安産祈願や下半身の病気に効くとされ水を汲みに多くの人々に親しまれてきました。 |
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宇治橋 |
県(あがた)神社通り |
県(あがた)神社 |
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和歌に詠まれた県井戸(あがたのいど) |
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「暗闇の奇祭」の主役・梵天 |
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本殿 |
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宇治代官所跡 |
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宇治橋商店街 |
みやこ路快速が通過 |
宇治川左岸を伏見へ |
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隠元橋交差点 |
澱川鉄橋(有形文化財:昭和期) |
最後まで踏み切りにかかった一日(>_<) |
Tourist
2010.01.04(M) |