羅漢石仏とお稲荷さんめぐり

 

春風に 五百羅漢の とはれ皃(かほ) 鈴鹿 野風呂

 

城南宮〜鳥羽離宮〜宝塔寺〜七面山〜石峰寺・若冲の羅漢石仏〜稲荷山(稲荷大社)

 要所に地図をリンクしましたのでご参考に!(^_-)

伊藤若沖(じゃくちゅう)石仏群(五百羅漢)

伊藤若沖・・・境内に墓地があり墓石表面には「斗米庵若中居士墓」と記しその右には貫名海屋(ぬきなかいをく)の撰文による筆塚があります。若中は江戸時代中期の画家で錦小路の青果問屋「桝屋」の長男として生まれましたが幼少より画を好み、狩野派の画を学び中国の古蹟を真似、光琳の図案風の筆致を取り入れて人物山水花鳥画を描きました。特に鶏画を得意とし絵を求める人は白米一斗を謝礼としたので「斗米庵」と称されました。市井の生活を嫌い晩年は深草に閑居し清貧の中で画筆に親しみ寛政12年(1800年)9月10日、85歳で没しました。石仏群(五百羅漢)・・・本堂背後の山中にあり石造釈迦如来像を中心に十大弟子、五百羅漢、禽獣鳥魚(きんじゅうちょうぎょ)などを配し釈迦の誕生〜涅槃(ねはん)迄の一代を表しています。この石仏群は伊藤若沖が下絵を描き作らせたと伝わります。江戸時代の作ですがその表情はいずれも奇抜軽妙、洒落味があって微笑ましく洛西五智山の石仏と供に京都市石仏群の双璧と称されています。

城南宮 ☆地図

上古の時代、神功皇后は出陣に当たり、軍船の御旗に八千矛神を招き寄せて戦勝を祈願され、戦が終わると御旗は宮中で大切に保管されていました。桓武天皇が平安京に都を定めた時、御旗を城南の当地に御神体として納め、八千矛神(やちほこのかみ=大国主命:おおくにぬしのみこと)、国常立尊(くにのとこたちのみこと)、息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと=神功皇后:じんぐうこうごう)の三柱、伊勢、石清水神社など七社が合祀され、都の南を擁護する神として祀られた。御旗の日月星の紋章が城南宮の三光の神紋の由来と云われています。

酒蔵@濠川 東高瀬川右岸堤防 方除けの社・城南宮
・・・ 境内 伏見名水・菊水若水
・・・ 社殿 本殿
ご朱印をいただきます!(^-^)v 源氏物語・花の庭のポスター・・もうすぐ、しだれ梅が咲き乱れます。
鳥羽離宮 ☆地図

平安時代後期の応徳3年(1086年)、白河天皇が藤原季綱(すえつな)から献上された鳥羽の地に後院として造営を始め、鳥羽上皇が継承して完成させました。規模は約100町と伝え、1町とは1辺が約109mで面積が11,881u(約3,600坪)になり、100町といえば、約36万坪にもなる広大な離宮でした。敷地面積の半分近くが池で、河川海などの水運交通の拠点、都への陸運交通の玄関として物流拠点、経済拠点でもありました。現在、往時の鳥羽離宮を偲べるのは安楽寿院、城南宮界隈です。

鳥羽離宮は平安時代後期に白河上皇、鳥羽上皇によって完成されたが、現代は京都市最大のLH街になっている鳥羽離宮跡 (^▽^;)
金剛心院塚(後宮塚とも称する?) 鳥羽離宮田中殿跡碑 油小路と阪神高速・名神高速立体交差点
近鉄竹田駅 竹田駅の地下道 伏見街道
宝塔寺(ほうとうじ) ☆地図

縁起は藤原氏の極楽寺に迄遡り、源氏物語にも登場する真言律宗の寺院ででしたが突如として、法華宗(日蓮宗)に改宗したと伝わります。徳治2年(1307年)日蓮の法孫日像は、京都で布教中に洛外へ追放されました。その時、真言寺(向日市)において、時の極楽寺住職・良桂と三日三晩の宗論を行い、良桂が屈服し極楽寺を法華道場に改めました。そして日像を開山とし、自らは二世となりました。室町時代の四脚門の総門(重要文化財:室町期)、本堂(京都府指定文化財:桃山期)、多宝塔(重要文化財:室町期)は文化財を有します。

茶碗子の水 こま札 宝塔寺総門(四脚門:重要文化財:室町期)

源氏物語33帖「藤ノ裏葉」にも登場した極楽寺跡

藤原一族の菩提寺でもある極楽寺は、源氏物語33帖「藤ノ裏葉」に極楽寺として登場。頭中将は母・大宮の一周忌の法要を行った。桜舞う境内で光源氏の息子・夕霧は、頭中将の娘・雲居雁(くもいのかり)との婚姻を許された。・・・宝塔寺より西、直違橋通り(6〜10丁目)に至る広大な寺領で現在は極楽町と呼んでいる所と伝わります。「大鏡」によれば藤原基経が幼童であった頃、仁明天皇が芹川行幸に供奉した時、天皇秘蔵の琴爪を紛失されそれを基経に捜し求められたが広大な荒野に於いて困難を極め、基経は一心に神仏に祈願を込め、もし勅命を果たす事が出来たならねそこに一伽藍を建立せんと誓い、無事にこの地に於いて発見したと伝わります。基経は承和3年(836年)、藤原長良の子として生まれ、叔父・義房の養子となり後に関白太政大臣になり没後、昭宣公と称されました。極楽寺は基経の子・時平が意志を継ぎ建立したもので寺域は今の七面山迄取り入れた広大であったと伝わります。「応仁の乱」以降、度々の兵火により荒廃し慶安2年(1649年)、宇治に興聖寺が移建された以外は極楽寺を偲ぶべきものは皆無でしたが、極楽寺の礎石がありました。

極楽寺礎石(平安期) 源氏物語に登場する極楽寺開創1100年記念碑
源氏物語33帖「藤ノ裏葉」 参道 日像荼毘処
康楷作の金剛力士像が安置される仁王門 康圃作・密遮金剛(みっしゃくこんごう 康楷作・那羅延金剛(ならえんこんごう)
牡丹の天井画 門から振り返っています・・・ 本堂(京都府指定文化財:桃山期)
痔守護・秋山自雲(しゅうざんじうん)

秋山自雲は、痔の神様として、日本で最多の信仰を集めていました。 東京、小田原、京都、大阪、兵庫、岡山、秋田など各地の日蓮宗の寺に祀られています。江戸時代の随筆の「耳袋」、「遊歴雑記」、「東都歳時記」、「江戸神仏願掛重宝記」、明治の「土俗談語」にも秋山自雲の記載があります。また、江戸川柳にも「痔の神」として登場します。秋山自雲は、岡田孫右衛門の法名で、秋山自雲居士、秋山自雲霊神、秋山自雲功雄霊神とも称されます。生まれは、摂津国川辺郡小浜村(一説に安倉村)、姓は狭間、通称名は善兵衛。江戸霊厳島の酒問屋・岡田孫左衛門に奉公に出、精勤な働きぶりを見込まれて岡田家を継ぎ、岡田孫右衛門と改めました。38歳の時に痔疾に罹り、様々な治療をしたが治癒せず、ついに出家して浅草山谷の本性寺の題目堂にこもり、法華経信仰による病気祈願に努めたが平癒せず、1744年に「自分の死後、痔病に苦しむ人を救いたい」との誓願を発し、享年45歳で瞑目しました。はじめ浅草山谷の本性寺に祀られましたが、摂津国・小浜村本妙寺、京都東山東漸寺に分祀されました。以後、各地に分祀されました。また、天保2年、尾州侯が痔快癒祈願したところ平癒したため、神祇官・白川家から功雄の尊称を賜わりました。現在、秋山自雲は、京都に9か所祀られているのを始めとし、痔守護神として関西を中心に全国各地に祀られています。

多宝塔(重要文化財:室町期) 痔病などに霊験あらたかと云われる痔守護秋山霊
舎利塚 慈母観音立像 七面社参道
日像上人廟
日蓮上人像 日像上人13歳の姿像・経一丸さま 鬼子母神堂
七面社境内 常冨稲荷大明神 たつみのお滝場(行場)
・・・ ・・・ ・・・
市内俯瞰・・・えぇなぁ〜(*^-^*) ・・・
京都市深草墓園 輪石(車石) こま札
石峰寺 ☆地図

石峰寺は百丈山と号し黄檗宗の寺院で、薬師如来を本尊とします。平安中期の武将・源満仲が摂津多田郷に建立した石峰寺が起源と伝わります。正徳3年(1713年)、黄檗宗・万福寺の六世・千呆(せんかい)によって建立された禅道場です。江戸中期、創建時は諸堂も有する大寺院でしたが、大正15年(1915年)、昭和54年(1979年)に失火、現在は本堂、竜宮造りの赤門などを残すのみです。現在の本堂は昭和60年(1985年)の再建です。本堂背後の山中には多くの石仏が並び、釈迦の誕生〜涅槃(ねはん)に至るまでの一代を表現し諸菩薩、羅漢を一山に安置しています。長年の風雨を得て丸み、苔寂びて風化に伴う表情や姿態に一段と趣きを深めています。これらは、江戸中期の画家・伊藤若沖(じゃくちゅう)が石峰寺の七代住職・蜜山(みつざん)の協力を得て下絵を描き、6〜7年余の歳月をかけて石工に彫作させたと伝えます

深草俯瞰 石峰寺 こま札
赤門(龍宮門) ・・・
歌碑 切支丹地蔵 伊藤若沖墓所
赤門(竜宮造り) ※ 現在、羅漢石仏の写真撮影を禁じられていますので過去の写真を掲載・・・
伊藤若沖が下絵を描き作らせたと伝える石仏群(五百羅漢)
出山の釈迦 托鉢修行 十八羅漢
十八羅漢 説法場(釈迦・文殊・普賢)
托鉢修行
様々な表情豊かな羅漢石仏
・・・ 涅槃の場
賽(さい)の河原 なにか?(^▽^;) 耒迎諸菩薩
諸羅漢坐禅窟 赤門(竜宮造り) 卍くずしの匂欄(こうらん)
えぇなぁ〜(*^-^*) ・・・ 赤門(竜宮造り)
赤門からの深草俯瞰 おまたせ!キララくん(*^-^*) 六体地蔵石仏
歯痛治癒のご利益がある、ぬりこべ地蔵 和合キツネさん お山めぐりへ・・・
千本鳥居は朱色の世界
・・・ 命婦社(奥の院奉拝所)
神石(遥拝石) おもかる石 幻想的な世界を醸し出す妖幻な蝋燭炎
ぬば玉の歌碑 一般参道から竹の下道へ・・・ お塚(神蹟)
・・・ 清メ滝社(お滝行場)
清メ滝(お滝行場) おキツネさんと白蛇さん 不動さんと役の行者?を拝みます・・
清メ滝社 竹の下道 えぇなぁ〜
・・・ のどかやな〜(*^-^*) 厄除け社
矢島大神(矢島滝) 矢島滝(お滝行場)
呼声大神(命婦滝)
命婦滝(お滝行場) 呼声大神(命婦滝)
おキツネさんの一族か?(^▽^;) 弘法ヶ滝社
弘法ヶ滝社 弘法大師石造
狛犬 弘法ヶ滝(お滝行場) 弘法ヶ滝社をあとに次は青木ヶ滝社・・・
弘法大師が湧かせたと伝える杖の池 竹の下道
青木ヶ滝社 天正不動明王
青木ヶ滝(お滝行場) 竹の下道
・・・ 道標案内板 七面ノ滝社
七面ノ滝社は、人が出入りしている気配がない・・・人が参らなくとなると神も退散するのだろうか・・・
七面ノ滝(お滝行場) 白菊ノ滝社
白菊ノ滝社 白菊ノ滝(お滝行場) 御剱ノ滝社
御剱ノ滝(お滝行場) ・・・ 分岐を左へ・・直進すると大岩大神へ
・・・ 末広ノ滝社
末広ノ滝(お滝行場) 急勾配な石段を上がります・・(; ̄ー ̄A
・・・ 振り返っています・・・ 強烈な上りです。(; ̄ー ̄A
石段をあがりきりました。(*´ο`*)=3ホッ あがってきた道と稲荷参道に合流
・・・ 一ノ峰(上之社神蹟)へ 一ノ峰(上之社神蹟)
稲荷山山頂に鎮座している一ノ峰(上之社神蹟)
解説 稲荷大社案内地図 ・・・
二ノ峰(中之社神蹟)
二ノ峰(中之社神蹟)から俯瞰 解説 ・・・
・・・ 間ノ峰(荷田社神蹟) 奴祢鳥居(ぬねとりい)
間ノ峰(荷田社神蹟) 解説 三ノ峰(下之社神蹟)
三ノ峰(下之社神蹟) 干支の手水(^▽^;) ・・・
市内の絶景(四つ辻)
四つ辻の大きな露岩 俳優・N.Kさんの実家、にしむら亭 田中社(荒神峰)
解説 ・・・ 田中社(荒神峰)
田中社(荒神峰) 稲荷大社本殿が見えます・・
四つ辻では見えなかった荒神峰からの京都市内、伏見俯瞰(*゜▽゜)/やっほ〜
四つ辻からの俯瞰 ・・・ 龍の手水
・・・ 熊鷹社 新池(谺ケ池:こだまがいけ)
夜陰幻想的な世界を醸し出している蝋燭や電灯の灯り
夜陰が幻想的な朱の世界を醸し出してくれる・・・ 膝松さん(根上りの松)
千本鳥居は朱の世界・・・

稲荷大社案内図

Tourist 2012.01.16(mon)

 

関連サイト
月とうずらの里・錦秋の深草の里

月とうずらの里・錦秋の深草の里

深草・稲荷山・東福寺を歩く・・・

深草・稲荷山・東福寺を歩く・・・

月とうずらの里・深草歴史探訪

月とうずらの里・深草歴史探訪

稲荷山、朱の迷宮案内 稲荷山、朱の迷宮案内
パワースポット稲荷山迷宮案内

パワースポット稲荷山迷宮案内

稲荷山迷宮案内

稲荷山迷宮案内

稲荷山初詣

稲荷山初詣

稲荷山ウォーキング散策

稲荷山ウォーキング散策

稲荷神道散策

稲荷神道散策

竹の下道散策

竹の下道散策

伏見の山水散策

伏見の山水散策

呉竹の里散策その1

呉竹の里散策その1

呉竹の里散策その2

呉竹の里散策その2

呉竹の里散策その3

呉竹の里散策その3

うずらの里、竹の葉山散策

うずらの里、竹の葉山散策

お山巡り

お山巡り

伏見稲荷界隈 

伏見稲荷界隈

Pちゃんズの古都珍道中記 Pちゃんズの古都珍道中記

 

2012年伏見探訪コラム 2012年伏見探訪コラム

 

inserted by FC2 system