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新撰組壬生屯所跡・八木邸 |
隊士腰掛の石(八木邸) |
新徳禅寺 |
壬生寺 |
宝憧三昧寺、心浄光院と号し地蔵菩薩立像を本尊とする律宗の大本山です。寺伝によれば奈良時代の創建で正暦2年(991年)、三井寺の快賢僧都により復興され小三井寺と称されました。火災により堂宇を焼亡しましたが正元元年(1259年)、平政平によって再興され正安2年(1300年)、円覚上人が「壬生大仏狂言(壬生狂言)」を創始しました。「壬生さんのカンデンデン」とも称され古来から庶民に親しまれています。
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東山門(正門)
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よなき地蔵
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手水井 |
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阿弥陀堂
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手水
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「あゝ新撰組」の歌碑
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壬生塚 |
新撰組局長・近藤勇の胸像と遺髪塔、局長・芹沢鴨と副長助勤・平山五郎の墓、勘定方・河合耆三郎の墓、池田屋騒動で亡くなった隊士・奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門ら7名の合祀墓もあります。壬生寺境内は新撰組の兵法調練場として大砲の訓練などが行こなわれたと伝えます。
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人丸塚
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3年P組の近藤勇先生?!(;^_^Aおいおい
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芹沢鴨と平山五郎の墓、7名の合祀墓
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壬生寺と新撰組 |
寺伝によると慶応2年(1866年)頃、新撰組は毎月の四と九の付く日を壬生寺境内での兵法訓練日とし、壬生寺の全門を閉じて禁じられていた馬で境内への乗り入れを行い、大砲を打ち続けるというものであった。寺の役僧が西本願寺屯所にまで出向き、中止の申し出を再三したにも関わらず一向に中止されず参拝者は減り、大砲の振動で堂宇の屋根瓦や戸障子が破損したと伝えられている。一番隊々長・沖田総司は境内で子供達と遊んだり近藤勇始め隊士達が壬生狂言を鑑賞したり、新選組が相撲興行を壬生寺で企画し、寺の放生池の魚やすっぼんを採って料理し、力士に振る舞ったと伝わります。壬生塚には新撰組や所縁の遺族達により墓碑4基が建立されています。
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壬生塚
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放生池(壬生塚)
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本堂
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千体仏塔
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南山門
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光縁寺
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新撰組馬小屋跡 |
嵐電・四条大宮駅
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嵐電・御室駅
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世界文化遺産・仁和寺(にんなじ) |
真言宗御室派の大本山で第58代光孝天皇によって、先帝の菩提を弔い、仏法の興隆を図るため「西山御願寺」と称する一寺の建立を発願された事に始まりその後、宇多天皇が仁和4年(888年)に造営を完成されました。「御願寺」と称する寺院は、皇室の私寺を意味しますが、西山御願寺は完成と共に、先帝から受け継がれた「仁和」の年号をもって寺号と定められ、大内山仁和寺と呼ばれました。応仁元年(1467年)、応仁の乱によって一山ことごとく灰燼しました。徳川幕府三代将軍・家光の御代に再興されました。京都御所の再建とも重なり御所から仁和寺金堂になっている「紫寝殿」、他多数の建造物と再建資金として20数万両を徳川幕府から得て再興されました。明治の大火で本坊、寝殿などが消失しましたが現存するほとんどの伽藍は寛永年間の遺構で明治維新では第30世・純仁法親王が還俗した事で皇族が門跡となる宮門跡になる時代が終わりました。平成6年(1994年)に仁和寺は世界文化遺産に登録されました。
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仁王門(重要文化財:江戸期)
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本坊表門(重要文化財)
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仁王門(重要文化財:江戸期)
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仁王門は、知恩院の「三門」や南禅寺の「山門」と共に、京都三大門と呼ばれ、同時代を代表する建築物として知られますが知恩院や南禅寺の門が禅宗様式(唐様)であるのに対し、仁和寺の仁王門は和様である事に違いがあり寛永14年(1637年)〜正保元年(1644年)にかけて建てられました。
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大玄関
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旧御室御所御殿(白書院、寝殿)
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勅使門
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済信僧正塚
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中門(重要文化財:江戸期)
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中門〜仁王門の参道
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金堂(本殿:国宝・桃山期) |
金堂は京都御所より下賜されたもので、慶長年間に建立された「紫宸殿」の遺構だけに平安時代の建築様式である「寝殿造」の様式を残し我が国の建築史上重要な建造物として国宝に指定され金堂には本尊の阿弥陀三尊像が安置されています。
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名勝・御室桜(お多福桜)
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観音堂(重要文化財:江戸期) |
金堂(国宝:桃山期)
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金堂(国宝:桃山期) |
Pちゃんズ恒例?!マンマンちゃんアン!
m(_ _)m |
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経堂 |
五重塔(重要文化財:江戸期)
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九所明神(重要文化財:江戸期) |
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拝殿 |
休憩〜(五重塔)\(^o^)/
ウホッホ〜イ!!! |
鐘楼(重要文化財:江戸期)
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菅公腰掛石 |
水掛不動尊の台座石は宇多天皇に右大臣として登用されていた菅原道真が後年無実の罪で九州太宰府に流されるとき、宇多法皇の元に別れの挨拶に参上したところ、法皇は勤行中であったので、この石に腰を掛けて勤行が終わるのを待ったと伝えます。
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水掛不動
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閼伽水井と管公腰掛石
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水掛不動尊と管公腰掛石
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水掛不動
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御影堂(重要文化財:江戸期)
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御影堂への参道
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成就山「御室八十八ヶ所霊場」 ←クリックして頂くと巡拝できます。 |
文政10年(1827年)当時は四国への八十八ヶ所巡拝が困難であった為、仁和寺第二十九世門跡・済仁法親王の本願により弘法大師所縁の四国八十八ヶ所霊場を寺侍・久富遠江守が巡拝し各霊場の砂を持ち帰り各御堂に埋めたのが始まりと伝わります。約3kmの参拝路に八十八の御堂が点在し、それぞれに本尊と弘法大師像が祀られています。
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仁和寺西門(御室八十八ヶ所巡拝口)
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巡拝道の弘法大師像と「やすらぎの道」碑
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巡拝道の地蔵尊
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巡拝道
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市内(伏見方面)の絶景
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ランチたいむ〜(^_^)Vやれやれ〜
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巡拝道
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石碑
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巡拝道
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愛宕山の雄姿
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市内の絶景(成就山頂上236m)
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石仏、地蔵尊群(第65番札所・三角寺境内)
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御室八十八ヶ所札所巡拝もクライマックス!(^_^)V
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五智如来石仏群 |
前方に胎蔵界の大日如来を中心とする丈六の五智如来(右より薬師、室生、大日、阿弥陀、不空成就釈迦)、後方に地蔵菩薩を中心に観世音などの諸像11体が並び伏見深草・石峰寺のそれと共に京都市における石仏群の双璧です。
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第八十八番札所・大窪寺
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五智山蓮華寺
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五智如来石仏群
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五智如来石仏群
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安達祐○さんらタレントが多く来店している「いっぷく茶屋」・・・いちごミルクのカキ氷!\(^o^)/うまか〜
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嵐電・モボ27系(嵐電北野線・御室駅) |
嵐電・モボ2001系(嵐電・四条大宮駅)
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快速急行
5300系(阪急・河原町駅)
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阪急電車・快速特急
6300系(阪急・河原町駅) |
南座(四条大橋) |
阿国(おくに)歌舞伎碑
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おけいはん・K特急(3000系:京阪・四条駅) |
おけいはん・K特急(3000系:京阪・中書島駅)
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長建寺
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十石舟(宇治川派流) |
酒蔵
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旅籠・寺田屋
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Tourist
2004.08.02(M)
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