近江紀行「癒しの水空間・醒ヶ井」

 

水清き 人の心を さめが井や 底のさざれも 玉とみるまで  雨森芳州

 

西行水・泡子塚〜了徳寺のオハツキイチョウ(天然記念物)〜地蔵川の梅花藻〜醒井地蔵尊・地蔵堂〜加茂神社など醒ヶ井宿を歩く

 

中山道(六十九次)の61番目の宿場町・醒井宿(さめがいじゅく)

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の命を救った伝説の湧き水・居醒の清水がある清流の里。夏に百日紅が咲く頃、居醒の清水を源泉とする地蔵川には、梅花そっくりな水中花・梅花藻(バイカモ)が無数に咲き乱れ、涼しげに揺らいでいます。梅花藻はキンポウゲ科の水中花で梅に似た五弁の花をつけることから名づけられました。水温が年間14℃前後の清流にしか生息できない貴重な湧水の妖精と言われます。また、絶滅危惧種の針魚(ハリヨ)の産卵場所にもなります。醒井の地名の由来となった清冽な湧水は、太古より枯れることなく流れています。道ができ、往来する人々は醒井の清水で疲れを癒し、旅を続けました。道は街道として整備され、中山道となり、醒井は宿場として栄えました。中山道・醒井宿の町並みは、今も地蔵川の清らかな流れとともに今日も息づいています。

大手筋商店街 近鉄急行に乗車@桃山御陵前駅 車窓から見える東寺・五重塔
JR京都駅 米原行き・普通電車 瀬田川
遠くに比良山系 豊臣秀次の近江八幡城があった八幡山 織田信長の安土城があった安土山
伊吹山 新快速より先着の普通電車で米原駅に到着
乗車した普通電車 米原駅で東海道新幹線と連絡するエル特急「しらさぎ」(名古屋・米原〜金沢・富山方面)
大垣行き普通電車に乗り換え JR・醒ヶ井駅 醒ヶ井水の宿駅
冷たくて美味しい醒ヶ井の湧水が数ヶ所あります。!(^^)! ペットボトルに4L頂戴いたしました。 しかし、無っ茶暑いな〜(; ̄ー ̄A。。。
一類狐魂等衆の碑

江戸時代後期のある日、東の見附の石垣にもたれて、一人の旅の老人が、「母親の乳がのみたい・・・」とつぶやいていた。人々は相手にしなかったが、乳飲み子を抱いた一人の母親が気の毒に思い「私の乳でよかったら」と、自分の乳房をふくませてやりました。老人は、二口三口おいしそうに飲むと、目に涙を浮かべ「有り難うこざいました、本当の母親に会えたような気がします。懐に七〇両の金があるので、貴女に差し上げます」と言い終わると、母親に抱かれて眠る子のように、安らかに往生をとげました。この母親は、お金は頂くことは出来ないと、老人が埋葬された墓地の傍らに、「一類狐魂等衆」の碑を建て、供養したと伝える。

大海人皇子が勝利した壬申の乱・黄河の古戦場跡 解説 一類狐魂等衆の碑
六軒茶屋

醒井宿のあった大和郡山藩の飛び地と彦根藩との境界に建てられた同じ形の六軒の茶屋のことで、軒茶屋は中山道の名所となり、安藤広重の浮世絵にも描かれた。現在は最後の一軒がかろうじて残るのみとなり長らく放置されていたが、ここを展示用スペースとして活用すべく、新たにギャラリー六軒茶屋に改装されている。

解説 広重の醒井宿のモデル地・六軒茶屋 解説
中山道61/69番目の宿場町・醒井宿

中山道と共に下る居醒の清水は太古、日本武尊が体毒を洗い流したと伝えます。地蔵川に沿った八町二間の町並みは、醒井の由来の居醒の清水、十王水、西行水の三湧水で有名。今も、霊水・名水として湧出する清らかな川に咲く梅花藻の頃は多くの観光客が訪れ心を和ませ、人々の生活を潤しています。

醒井宿のすぐ上を名神高速道路が通る。 中山道醒井宿碑 中山道の宿場町・醒ヶ井
醒ヶ井三湧水の一・西行水、泡子塚

喜多院空晴僧都の弟子・仲算により、水源が開かれたと伝える。東国への旅の途中に西行法師が、ここにあった茶店に立ち寄ってお茶を飲み、(法師が茶店を立ち去った後)法師が飲み残したお茶の泡を飲んだ茶店の娘が懐妊し、男の子を出産。帰路にその事を知った西行が「もしわが子なら元の泡に返れ」と念じると、子はたちまち消えて元の泡になった。これを見た西行法師は、ここに五輪塔を建て、「泡子墓 一煎一服一期終 即今端的雲脚泡」と記したと伝え泡子塚と呼ばれている。

醒ヶ井三湧水の一・西行水(泡子塚) 泡子塚 説明
醒ヶ井三湧水の一・西行水 宿場町の風情が残る町並み 昔風情の八代食料店
醒ヶ井三湧水の一・十王水

平安時代中期、天台宗の僧・浄蔵貴所によって水源が開かれ当初は浄蔵水呼ばれていた。この近くに十王堂があったことから後に十王水と呼ばれるに至ったと伝える。

居醒橋 醒井大橋という小さな橋 醒ヶ井三湧水の一・十王水
地蔵川(梅花藻)

居醒の清水など湧き出る清水を源泉とする川で、大変珍しい水中花・梅花藻(バイカモ)で有名。水温は年間を通じて14℃程度と安定しており、貴重な淡水魚であるハリヨも生息しています。また、居醒の清水(いさめのしみず)は、平成20年(2008年)6月に平成の名水百選(環境省)にも選ばれています。

解説 清流・地蔵川 石龍山了徳寺
石龍山了徳寺のお葉付銀杏(オハツキイチョウ:天然記念物)

他のイチョウに比べて葉柄がやや細長く、葉の縁に種子を付けるのが特徴。当寺のオハツキイチョウは、幹囲約2.5m、高さ約20m、樹齢約200年。毎年8月から11月上旬頃に数多くの実を付けますが、その一部は、葉の面になります。発育は不完全な物が多く、小型で楕円形、普通のものと著しく異なっています。数は多いもので5個、おおむね1、2個で、葉脈が次第に太くなり、先端のところに形作られます。これは、化石から出土するイチョウと極似し、先祖返りと考えられます。昔から「花も咲かずに実のなる木」と、付近の人に不思議がられていますが、花が枝や葉の一部だという学説を裏付けるものです。イチョウは、全国の神社や仏閣に植えられ、一般に親しみ深いものですが、この種のものは珍しく、昭和4年(1929年)に国指定の天然記念物になっています。

樹齢200年と伝えるオハツキイチョウ(天然記念物) 解説
宿場に沿って流れる地蔵川にはバイカモや針魚(ハリヨ)が生息しています。
長く庄屋、問屋を努めた江龍家門(明治天皇御駐輦所) 酷暑の日に透明感のある清らかな流れに癒されます。(*´ο`*)=3ホッ
イモ洗いの水車がクルクル・・・地蔵川の清流は、観光客には癒し、地域住民にとっては生活に密着している大切な水空間
清流に揺らめく梅花藻の白い花とサルスベリのピンクの落花のコラボが美しい\(●⌒∇⌒●)/
古い家並みが続く街道筋 醒ヶ井案内図 明治39年創業醤油屋喜代治商店(ヤマキ醤油)
旧醒井宿問屋場

中山道・醒井宿で問屋を営んでいた川口家住宅の一部。問屋とは宿場を通行する大名や役人に人足や馬の提供し、荷物の積替えなどの引き継ぎを行っていた所です。完全な形で現存する問屋場は全国的にも希少で、米原市の文化財に指定されている。江戸時代前期の1700年代初頭の建築とされ、構造は木造平屋建て、間取りは玄関の広い土間と和室八畳と六畳続きの間、板の間二間である。資料展示のほか、定期的にコンサート等のイベント会場としても活用されている。

完全な形で残っている全国的にも希少な問屋場(醒井宿資料館) 解説
当時宿場には七つの問屋がありそのうちの一つ川口家住宅が復元され、米原市醒井宿資料館として見学する事が出来る。(有料)
お茶壺本陣(旅籠・越後屋)と呼ばれた本陣跡 透明感のある清らかな流れに梅花藻が映える。\(●⌒∇⌒●)/
バイカモはキンポウゲ科の水生多年草で、水温14℃前後の清流でしか育たない。ハリヨの巣作り、産卵に絶好の場所を提供している。 
醒井地蔵尊・地蔵堂

弘仁8年(817年)、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈一丈二尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたとも伝える。一石一尊の地蔵尊としては県下最大。また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立したもので、老朽化や火災に遭い二度再建し、平成2年に大改修が行なわれている。毎年8月23日、24日には盛大な地蔵盆が行なわれる。

解説 ・・・ 尻冷し地蔵ともよばれている延命地蔵尊
解説 解説 なで仏のお賓頭盧様 (おびんずるさま)
醒ヶ井三湧水の一・居醒の清水 四石の一・日本武尊の腰掛け石と鞍掛け石 願い事を念じながら渡ると叶うという願い橋
こんこんと湧き出る居醒の清水を柄杓でいただきました。(^^♪ 伏見名水同様、冷たくてまろやかで美味でごじゃります〜\(●⌒∇⌒●)/
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と醒ヶ井三湧水の一・居醒の清水(地蔵川源泉)

景行天皇の時代、伊吹山に大蛇が住みついて旅する人々を困らせておりました。そこで天皇は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に大蛇を退治するよう命ぜられた。尊は剣を抜いて大蛇を切り伏せ多くの人々の心配をのぞかれましたが、この時大蛇の猛毒が尊を苦しめました。やっとのことで醒井の地にたどり着かれ体や足をこの清水で冷やされますと、不思議にも高熱の苦しみもとれ、体の調子もさわやかになられました。それでこの水を名づけて「居醒の清水」と呼ぶようになりました。 霊仙山に降り注いだ雨が長い年月をかけて地下を流れ山麓から湧き出ている居醒の清水は梅花藻が咲く地蔵川の源泉です。

日本武尊(ヤマトタケルノミコト) こま札 鮫島中将の歌碑
解説 中山道と宿場町外れにある地蔵川の源泉・居醒(いざめ)の清水
四石の一・蟹石と居醒(いざめ)の清水 加茂神社 (*^-^*)えぇなぁ〜
加茂神社はすぐ傍を通る名神高速道路ができるにあたって、この場所に移転された。
神社境内からの醒ヶ井宿俯瞰 ・・・
梅花藻と針魚(ハリヨ)が生息できる清らかな流れの地蔵川
宿場町の風情が残る旧旅籠・多々美屋 ・・・ 子供が道路から川に飛び込んで水遊び
醒ヶ井案内図 集落の間を流れる清流・地蔵川
醒井宿資料館(旧・醒井郵便局舎)

木造二階建ての擬洋風建物で、昭和48年まで醒井郵便局として使用されていました。建物の創建は大正4年(1915年)、米国出身のウィリアム・メレル・ヴォーリズがその設計に携わっていたことで知られています。現存の局舎は昭和9年(1934年)に外側をモルタル張りにして、玄関の位置や内部の間取りを変更したものです。ネオクラシシズムな外観は当時、大変モダンでした。現在では国の登録文化財に指定され、建物の二階部分では江戸時代を通じて醒井宿の庄屋や問屋場を務めていた江龍宗左衛門家に伝わっていた古文書を展示している。

醒井宿資料館(旧・醒井郵便局舎) 解説 ・・・
松尾寺政所(まつおじまんどころ)

近江西国第13番の札所。本尊は雲に乗った日本で唯一の空中飛行観音(秘仏)で、航空関係者が多く参拝される。

松尾寺政所 解説 この道先約4kmに醒ヶ井養魚場がある。
JR醒ヶ井駅 火照った体にまずは冷たくて美味な湧水 (^^♪ 名水コーヒーも冷たくてとっても美味 (^^♪
JR醒ヶ井駅 米原行き普通車の3代目・新快117系に乗車
米原から播州赤穂行き223系・新快速に乗車 おぉぉ〜車内は涼しくて快適ぃ〜(^^♪ 石田三成の佐和山城があった佐和山
近江鉄道のお〜いお茶電車と今では珍しい凸型電気機関車@彦根駅 近江富士(三上山)と野洲川
摂津富田で人身事故が発生・・新快は石山で運転を見合わせ(>_<)・・京都行き普通に乗り換えを薦めるアナウンスで仕方なく乗り換え(;¬_¬)
石山から約90分程で京都着(>_<)・・後の新快に何本も抜かれたし乗り換えろってどうよ?! (ーー;) 近鉄・桃山御陵前駅
大手筋商店街 商店街名物のカラクリ時計・おやかまっさん 風呂屋町商店街

Tourist  2010.08.17(Tue)

 

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