伏見〜宇治の世界遺産を訪ねる

 

埋もれ木の 花咲くことも なかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける   源三位頼政

 

伏見の桜〜宇治の世界文化遺産・平等院を訪ねる。。。

世界文化遺産・平等院 ☆地図

平等院は、山号を朝日山と号し宗派は17世紀以来、天台宗と浄土宗の兼学でしたが、現在は特定の宗派に属さない単立寺院となっている。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊です。平成6年(1994年)に世界文化遺産に登録されました。国宝、史蹟名勝庭園など数々を所有し10円硬貨のデザインに使用されている。・・・風光明媚な宇治で、藤原一族の栄華を今に伝える平等院は、宇治川西岸にあった源重信の別業を重信の夫人から時の関白・藤原道長が譲り受け、その子・頼通が永承7年(1052年)に寺に改めたもの。鳳凰を屋根に戴く鳳凰堂(国宝)には仏師・定朝作の阿弥陀如来像が安置され、52体の雲中供養菩薩像が長押の上で、雲に乗って音楽を奏しています。 壁扉画、日本三名鐘の一つといわれる梵鐘とともに国宝に指定されている。先述した永承7年(1052年)に藤原頼通によって寺院として改築されるまでは、別荘として200年余りの長きに渡って平安貴族たちが所有していました。その別業の主の一人が「光源氏」のモデルとなされる源融(みなもとのとおる)です。源氏物語の終盤部分では、光源氏が息子・夕霧に譲った宇治の別業が度々登場しています 。

伏見城の外堀を利用しているので濠川 伏見百景・酒蔵 近くのグランドの桜が見事!(*゜▽゜)/
桜の名所に行かずとも毎朝のウォーキングコースの身近な桜も素晴らしい!\(●⌒∇⌒●)/
三栖閘門は大正大洪水をきっかけに建設された施設で、船の通航だけでなく治水施設としても重要な役割を担っていました。
宇治川右岸堤防 宇治川派流は桜だけでなく柳も美しい!\(●⌒∇⌒●)/
十石舟に乗るなら・・・今でしょ?!(*゜▽゜)/
長建寺(弁財天/開運・商売繁盛の神) ☆地図

真言宗醍醐派の寺で東光山と号する。元禄11年〔1698年〕時の伏見奉行・建部内匠頭が、中書島を開拓するにあたり深草大亀谷の多聞院を移しその姓の一字をとり長建寺と改めたと伝える。本堂に安置する本尊弁才天は、世に音楽を司る神とし古来、花柳界の信仰を集めました。7月下旬の祭礼は「伏見の弁天祭」と言われます

島の弁天さんと親しまれている長建寺 えぇなぁ〜(*^-^*)
十石舟弁天橋乗船場 昨秋の水害で被災し改修された三十石船 えぇなぁ〜(*^-^*)
龍馬とお龍さん!(*゜▽゜)/ レトロな建築意匠の銭湯 京阪・中書島駅
伏見と言えば・・・坂本龍馬と日本酒 京阪特急・8000系エレガントサルーン 宇治行き10000系普通車に乗車!(*゜▽゜)/
黄檗駅 今はシャッター市場と化したが、以前は、かなり隆盛を誇っていたと思われる黄檗新生市場
墓参りへ・・・ 鉄眼一切経版木収蔵庫 霊園からの眺め
世界文化遺産・平等院、扇の芝 地図

平等院・・・10円硬貨のデザインとしても有名。宇治上神社と共に平成6年(1994年)、世界文化遺産に登録されました。朝日山と号し元は天台・浄土兼学であったが今は単立寺院となり最勝院と浄土院によって交互に管理されています。関白・藤原道長が左大臣・源重信の婦人から譲り受けた別業を道長の子・頼通が、永承7年(1052年)にこれを仏寺に改め、平等院と号しました。また永承7年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していました。その翌年の天喜元年(1053)には平等院の阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶し、堂内には、平安時代の最高の仏師定朝によって制作された丈六の阿弥陀如来坐像が安置され、華やかさを極めたとされています。その後も藤原氏一族によって多くの伽藍が建立され栄華を誇りましたが藤原氏の衰退、中世以降の兵火によって多くの諸堂を失い、創建当時唯一現存する阿弥陀堂(国宝)は仏師・定朝の作になる阿弥陀如来像が安置されている中堂は入母屋造り、床下の高い左右の翼廊、楼閣は宝形造、背面の尾廊で構成され正に鳳凰が両翼を広げて飛び立とうとする姿に見せています。大屋根には鳳凰が飾られ、内部は絢爛な宝相華文様や極彩色の扉絵で装飾され、御堂と池が一体化された浄土庭園は史蹟名勝庭園にも指定されあたかも極楽浄土を再現したような絢爛豪華さです。扇の芝・・・治承4年(1180年)5月、以仁王(もちひとおう)の令旨を奉じ、平家打倒を掲げた源頼政は宇治で決戦に及び、戦に敗れ平等院で辞世の和歌「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける」を残し、この場所で自刃たと伝えます。

世界文化遺産・平等院 源三位頼政が自刃した場所と伝える扇の芝 こま札
鎌倉初期に再建された観音堂(重文:鎌倉期)と藤棚 改修中の鳳凰堂(阿弥陀堂)
鳳凰堂(阿弥陀堂)

平安時代後期、天喜元年(1053年)、時の関白・藤原頼通によって平等院に建立された阿弥陀堂です。華やかな藤原摂関時代を偲べる唯一の遺構として貴重な建築です。最も大きな特徴は池の中島に建てられている事で、あたかも極楽の宝池に浮かぶ宮殿のように、その美しい姿を水面 に映しています。堂内の中央には金色の丈六阿弥陀如来像が端座し、周囲の壁および扉には九品来迎図、阿弥陀仏の背後の壁には極楽浄土図が描かれています。左右の壁上部には52体の雲中供養菩薩像が懸けられています。堂内の天井や小壁は、宝相華を主とする文様で埋めつくされ柱にも、天衣を翻して舞う天人や楽を奏する天人、飛び立つ鳳凰、宝相華、唐草文様などが描かれ、これらは鮮やかに彩 色されていました。そして天蓋中央部の大型の八花鏡のほかに、天井には計66個もの銅製鏡が吊られています。「続本朝往生伝」という平安時代の本に「極楽いぶかしくば宇治の御寺をうやまえ」という記述があります。当時の人々は鳳凰堂を地上に出現した極楽浄土と思いました。

10円硬貨でお馴染みの鳳凰堂(阿弥陀堂) えぇなぁ〜 (@^▽^@)
平安時代後期、関白・藤原頼通によって建立された阿弥陀堂は華やかな藤原摂関時代を偲べる唯一の貴重な建築遺構
まだ改修工事中です。 屋根も鳳凰が金ピカに甦りました!(*゜▽゜)/
平等院ミュージアム鳳翔館 平等院塔頭・浄土院
平等院と源三位頼政

平等院は「平家物語」の舞台として一般の人々に注目されました。治承4年(1180年)5月、源三位頼政が平等院に立て篭もり平家の軍勢と戦い敗れて境内の一隅に軍扇を敷き「埋もれ木の 花咲くことも なかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりけり」と詠んで自害した事が後世の人々の同情を誘い境内に「扇の芝」、頼政が鎧を脱ぎ捨てた「鎧掛けの松」、頼政が馬を繋いだ「馬つなぎの松」、頼政塔、頼政碑も建てられました。松は枯れて現存しませんが他は現存しています。

鏡天井に龍が描かれている羅漢堂 不動明王を本尊とする最勝院の本堂 源三位頼政墓所
平等院前通り 宇治へ来ると立ち寄りたくなります・・・
店内から眺める宇治川 茶そばセットをいただきマンモス?!(*゜▽゜)♪ 宇治はお茶と源氏物語の街・・・
城南宮 ☆地図

上古の時代、神功皇后は出陣に当たり、軍船の御旗に八千矛神を招き寄せて戦勝を祈願され、戦が終わると御旗は宮中で大切に保管されていました。桓武天皇が平安京に都を定めた時、御旗を城南の当地に御神体として納め、八千矛神(やちほこのかみ=大国主命:おおくにぬしのみこと)、国常立尊(くにのとこたちのみこと)、息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと=神功皇后:じんぐうこうごう)の三柱、伊勢、石清水神社など七社が合祀され、都の南を鎮護する神として祀られた。御旗の日月星の紋章が城南宮の三光の神紋の由来と云われています。平安時代末期、交通の要衝でもあった風光明媚な当地に白河上皇が壮大な城南離宮(鳥羽離宮)を造営し院政を開始、歌会や宴、船遊びや競馬(くらべうま)が、しばしば行われ王朝文化が開花しました。承久3年(1221年)、後鳥羽上皇が流鏑馬揃えと称して兵を集め「承久の乱」を起こし、慶応4年(1868年)正月、城南宮に陣取った薩摩藩のアームストロング砲が鳴り響き、「鳥羽・伏見の戦」が開戦しました。

伏見へ・・・ 方避けの社・城南宮 まだ梅が綺麗に咲いています。
名残の梅も・・・えぇなぁ〜(*゜▽゜)/
華やかな桜の花もえぇけど・・・可憐な梅の花は、何気にホッと和むでござるよ!(*´ο`*)=3おろっ

Tourist 2014.0 3.24(M)

 

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